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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

彼女たちにはそれ以上になにも云うことはなかった。慥かに、なにも云うことはなかったのだ。

いつもの時間になると、仕事着に着替え弁当の包をぶらぶらさげて、河口初太郎と増田益夫が水道端で顔を合わせた。

「よう」と増田が云った。

「よう」と河口が答えた。

「おてんとさまが眩しいや」と増田が云った、「ゆうべは飲みすぎちまった」

「飲みすぎちゃったな」と河口も云った、「なんだかまだふらふらすらあ」

そして二人は稼ぎにでかけた。かれらもまた、そのほかにはなにも云わず、云いたいことを隠しているとか、相手の気持をさぐっている、などというようすは微塵もなかった。それだけならさして驚くほどのことではないかもしれない、人間の云うことや行動は、かなり桁外れにみえても、たいていどこかでつじつまが合っているものだ。増田と河口との二た組の夫妻が、或る夜酒に酔って、それぞれ良人と妻をとりちがえて寝た、という出来事なら、このわれらの「街」では決して珍しい例ではないし、都市と町村の差別なく、巧みにかぶった仮面をぬげば、同じような冒険がどこにでもみつけだせる筈だ。

けれども、この二た組の場合は少しばかり異例であった。