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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
「済まないけれども手を貸してよ、重くってあたし独りじゃどうしようもないわ」
「よしきた」
河口はから弁当の包を放りだして、土間へはいり、増田の両脇へ手を入れて抱き起こした。
「誰だ、おれをどうしゃあがる」
「おれだよ、あにい、しっかりしてくんな、ほらよっと」
「放しゃあがれ」
「ほらよっと」
河口は増田を抱きあげ、靴足袋をはいたまま部屋へあがった。あらまあ土足じゃないか、と勝子が云い、河口はあにいを六帖の部屋へ引きずり込んで、自分もそこへぶっ倒れた。増田ほどではないけれども、本場物のウィスキーで彼も相当に酔っているらしい。仰向きにぶっ倒れるなり、酒が飲みてえ、と大きな声でどなった。
「おい、てえげえにしろ」と隣りから男の声が叫んだ、「こっちにもにんげんがいるんだ、野なかの一軒やじゃあねえぞ」
勝子は河口の肩をゆすって、初つぁん静かにしておくれよ、と耳もとで云った。
「えっ、なに」河口は頭をあげた、「初つぁんだって」
「隣りからどなられたのよ」と云って勝子は手を振った、「うちのしともこのとおり、正躰のないほど酔っぱらってるし、初つぁんまでがそんなじゃあ困っちまうじゃないか」