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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
八田公兵は云いすぎをした。この「街」の住人の中に、土地や家の所有者はいない。地主もほかにちゃんといたし、それを知っているのはヤソの斎田先生と、ごく少数の人たちであろう。いちどならず、家主と住人たちのあいだで、「家賃」についてごたごたがあり、斎田先生があいだに立って交渉した結果、ようやくおさまりをつけたのだが、要するに八田じいさんが「地代」もいらない、と云ったのは、腹の大きいところをみせただけのことであった。
近所の人たちが名を知らないばかりでなく、父と子のあいだでも名を呼びあうことはなかった。父は子供の名を呼ばないし、子供もとうさんとか、おとっちゃんとか呼ぶことはない。どちらも漠然と「ねえ」とか「なあ」と呼びかけるだけであり、それがいっそう二人の関係を、親子というよりも親友か兄弟のように感じさせるようであった。
夜十時をすぎると、子供は小屋からぬけだして、一人で柳横丁へでかけてゆく。それは中通りの南のはずれにある裏通りの一画で、小さなレストランやおでん屋、小料理屋、中華そば、すし屋などが並んでい、べつに「のんべ横丁」とも呼ばれていた。
子供はまず「すし定」