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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
彼は子供を抱いて、西願寺の崖下と小屋のあいだを、頻繁に往来したのだから、近所の人たちが見なかった筈はない。斎田先生は誰かからそれを聞いたのであろうが、彼のそっけない態度を見ると、それ以上なにを云う気にもなれず、今日も暑くなりそうだね、などと云いながら去っていった。
その後ずっと、誰も子供の姿を見なかった。初めに八田公兵がそのことに気づき、坊主はどうしたのかとたずねた。母親のところへ返した、と彼は答えた。
「へえー、あの坊主に母親があったのかい」
八田じいさんは信じられないというふうに問い返した。
「あんたにはおふくろさんはなかったのかね」と彼は反問した。
「わしにだっておふくろはあったさ、母親もなしに生れてくる子なんかありゃしないだろう」
「だろうね」と云って彼は顔をそむけた。八田公兵はもっとなにか聞きたそうだったが、彼のようすがひどく冷淡であり、むしろ排他的であると思い、そのまま話を打切ってしまった。
そのうちに誰が云うともなく、或る日の早朝、まだあたりがまっ暗なじぶんに、彼が子供を背負って、西願寺のほうへ歩み去るのを見た、という噂が広まった。病気の子供をもてあまして、どこかへ捨てにいったのだろう、と云う者もあるし、本当に母親がどこかにいて、そこへ返しにいったのだろう、と云う者もあったが、そのどちらにせよ、