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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

彼はろじへはいってゆく。そこは左右が二階建ての長屋で、といっても一般のものとは違って棟が低く、二階は屋根裏と呼ぶほうがいいくらいで、立ってあるくことができなかった。――葺板の屋根はもちろん、軒も庇も、不規則に曲ったり波を打ったりしているし、建物ぜんたいがあぶなっかしく傾いていた。長屋ぜんたいが一方へ傾いているのではなく、一部は前方へ、一部は後方へといったあんばいで、そのためろじの入口から眺めると、左右の長屋が一部では仲よく軒を接し、一部では敵意をもつかのようにお互いが相手から身をそらしているようにみえるのであった。

六ちゃんの肩から、とらはのたりと地面へとびおり、一軒の家の半分あいている格子口へはいっていった。その格子はあけてあるのではなく、閉めることができないのだ。それ以上あけることもできないし、閉めることもできないので、ずっと以前からそのままになっているのであった。

「とらを送って来たよ」

六ちゃんが戸口でそう云うと切貼りだらけの障子が二インチほどあいて、五十歳ばかりの痩せた男が、顔の半分だけでこっちをのぞいた。それが半助であった。――臆病で疑いぶかいなにかの動物が、穴からそっと外をうかがい、そこにいるのが無害な相手か、それとも危険な敵であるかを、よくよくたしかめたいとでもいうような、極めて慎重なのぞき