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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
と鼻で云った。
半助の脇からとらが顔を出し、六ちゃんを見て、大きく口をあけた。ないたのであろうが、やはり声は出ず、そのまま半助のうしろへ引込んだ。
「さて、――」
半助はそう云い、指で鼻の脇を撫でた。すると、それが別れを示す協定の合図であるかのように、六ちゃんは帽子をかぶり、片手を振って戸口からはなれた。
「ありがとよ」半助はそう云った、「おっかさんによろしくってな」
六ちゃんは黙ってろじを出ていった。
夜になり、寝る支度をしたあとで、母親のおくにさんは六ちゃんと二人、仏壇の前に坐る。仏壇には燈明がともり、線香の煙がゆれている。おくにさんが小さな団扇太鼓を手に持つと、六ちゃんがまず両手を突いておじぎをし、母親のためにお願いをする。
「なんみょうれんぎょう」彼は合掌し、あたかも仏壇の中におそっさま自身がいるかのような、純粋なしたしみと、信念のこもった表情で呼びかける、「――どうかまいどのことでうるさいかもしれないが、どうかかあちゃんの頭がしっかりするように、よろしくお願いいたします、なんみようれんぎょう」
それからおくにさんがお題目をとなえ、団扇太鼓を叩きだすと、六ちゃんがまたおじぎをし、仏壇に向って云った。