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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

そらこのとおりと云って、先生はつけ板の端に並べた三本の鈎、すなわち先生がそれまでに喰べた頭から出たところのそれを、八田青年に指さしてみせた。

「けれどもですね、先生」と塾生は囁いた、「それは鰻屋がそっと入れておくんだという説もありますよ」

「俗説だね、問題にならん」

「じつはぼくも鰻釣りのことを知ってるんですが」塾生はもっと声をひそめた、「鰻を釣るには鈎が違うんです、こういう鈎で一本ずつ釣っていてはてまにならないし、釣れてもはずすのに暇がかかるからしょうばいにならないんですよ」

「しょうばいになるのならんのときみ、男子たる者がそんなけち臭い精神では大事は成らんぞ、――鈎といえばきみ、この寒藤がA紙の政治部にいたときだな」

どういうことがきっかけになったのか判然としないが、やがて寒藤先生と一人の労働者とが殴りあいの喧嘩を始めた。いや、殴りあいとは云えない、殴ったのは労働者のほうで、先生は殴られる立場だったが、それでも軒昂たる意気に衰えはみせなかった。

「さあ、もっと殴れ、きみは自分がなにをしているか知らないのだろう」と先生は地面にぶっ倒れたまま叫んだ、「いいか、きみはいまにっぽんの運命を殴っているんだぞ」