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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
思ったからこそ承知していっしょになった、そういうわけなんだよ先生」
先生は治助の云うことは聞いていなかった。その朝早く、八田塾生の姿がみえないのを知ったとき先生はそれを一時的なものだと思った。入塾して以来まだ個人的理由で外出したことはないから、誰か友達でもたずねにいったのだろうと。だからいま治助の話を聞き、おそらくおはちとしめし合せての駆落ちだろう、と推察したとたん、自分の信頼が紙屑のように無視され、裏切られたことを悟って絶望した。
「そんなぐちを云ってもへのたしにもならん」と先生は云った、「きみはその本人のたちまわる先に心当りがあるんだろう」
「それがあればと思うんだが」
「心当りはないのか」
治助は首を振った。おはつとは埋立て工事の現場で知りあい、そのとき女は飯場の炊事をしていたが、工事が終ると飯場は移転せず、そこで解散してしまった。したがってその関係をたぐることはできないし、おはつとは夫婦になったものの、まだ入籍していないから、本籍も寄留地もわからない――こういう「街」の住民たちの大部分は、子供が生れるまで入籍のことなどに関心をもたないのが通例のようであった、――だっておめえ、とかれらは云うのだ、おれたちのかかあときたら、いつ誰とくっついてとびだしちまうか見当もつかねえからな。