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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
物の貸し借りといっても、小皿へ一杯の醤油とか、一と摘みの塩とか、茶碗一杯の米ぐらいのものであるが、貸してやったほうは「源さんのとこもらくじゃないんだね」と思い、自分のうちにはまだ少しはゆとりがあるのだ、というささやかな心づよさと優越感をあじわえるのである。それはしばしば、相手にそういう感情をたのしませるために、必要でもない一と摘みの塩を借りにゆくという、隣人愛のあらわれともなるのであった。
島さんの妻はそんなことはしなかった。この「街」にも八百屋と魚屋がおり、どちらも戸板一枚に並べるだけの品しかなかったし、魚は僅かな塩物とあらばかり、八百屋は色も水気もないしなびた野菜ばかりで、両方とも市場で捨てる屑を拾って来るのだといわれているが、それでも住人たちは、その二軒でけっこうまにあわせていた。だが島さんの妻は振向きもせず、買い物にはいつも原っぱを越して中通りまでいった。
「あの奥さんはたいへんなひとだよ」住人のかみさんたちはこう話しあった、「このあいだ安八百屋でキャベツを買うのにさ、上っ側の葉はしなびてるし傷があるからって云って、ばりばり剥いて捨てちゃうのさ、およそ六、七枚も剥いちゃったろうかね、それからあとのキャベツを店の人に渡して、これを秤にかけておくれと云うじゃないの、キャベツは一個いくらときまってる、目方