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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
その中で太郎だけは、父親に気づかれないように眼を伏せた。彼は父親の腕にある傷が、どうしてできたものか知っていたらしい。そのうえそれは、良さんの語っているようないさましいものではなく、子供の彼が思い出すのも恥ずかしいような、屈辱的な出来事だったということが、そっと眼を伏せた彼の表情にあらわれていた。
良さんはまた、自分がのろまでないこと、仕事がおそいのは仕事を大切にするからで、それはおまえたち子供のため、子供たちをつつがなく育てるには、信用のある仕事をしなければならないからだと説明した。
「これが、とうちゃんの本当の気持なんだよ」と良さんは云った、「いざとなればいつでも、三人や五人は叩き伏せてみせる、弱い者はだめだ、強い相手でなければやらないがね、それから仕事だってそうだ、その気になればブラッシの二百や三百は一日で仕上げてみせるよ」
良さんはそこで自信ありげに微笑し、子供たちの顔を順に見まわした。
「けれど長屋の人たちはこんなことは知りゃしない、なんだのかんだのって、好き勝手なことを云ってるだろ、えー次郎」良さんは微笑をひろげた、「どうだいみんな、とうちゃんのことを信用するかい、それとも長屋の、なんにも知らない人たちの云うことを信用するかい」