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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
辛抱づよく、というのは客観的に云ったまでで、実際に彼の内部へはいってみればそうではなく、躯がそこに坐って、ちょろの話を聞いているようにみえるだけであり、本当の彼自身は、その肉躰の中で睡眠をとっているか、または、その肉躰からぬけだして、どこかしら静かなところで欠伸でもしているかもわからないのであった。
「その女房、――というのは塩鯖の好きな女のことだが」と春彦は云った、「そいつとは半年くらいで別れたかな、その後ほぼ二年ちかく経ってから、前触れもなしにひょいと戻って来た、ぼくは事業のもくろみで東奔西走、南船北馬というありさまだったから、まだあとを貰う暇さえなかったんだな、これはこあみ町にいたじぶんのことさ、――どうしたってきくと、その女が云うには、塩鯖を焼いてたらどうにもたまらなくなったんだという」
彼は効果を慥かめるようにばんくんの顔を見た。ばんくんは修行ちゅうの禅坊主かなんぞのように、眼を半眼にしたままゆったりとあぐらをかいていたが、春彦に見られたとたん、左の頬肉をかすかにぴくりとさせた。
「きみはユーモアがわかるからうれしいね」ちょろは満足そうに呟いた、「まったくさ、もとの亭主がなつかしくなって、とでも云うのならいいが、塩鯖を焼く匂いで思いだすとはひでえ話さ」