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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

あるきながら彼はつぶやいた、「海産食品は幾つも大会社が経営しているし、中には発展したあまりにプロ野球のチームまで持っている社さえあるじゃないか、それなのに川魚専門の事業に手をつける者がない、というのはふしぎじゃないか、もっとも、だからこそこのおれにチャンスがまわってきたんだが、いやどうして、こいつは間違いなしに当るぞ」

春彦はまず自分で売り子になって、着実に客をつかんでから、しだいに売り子をふやしてゆき、販売網を確保する一方、近県に養魚場を作って、立体的経営に乗りだそうと決心し、その秀抜な着想と確実な成功率とを思いながら、独りでわくわくし、さも誇らしげに幾たびも首を振るのであった。

さてその日の午前十時ごろ、土川春彦は山の手にゆき、中級住宅街のバス・ストップの脇で荷をひらいた。――彼は熟考のうえ、近県から来た農夫かとみえるような服装をし、言葉にもなまりを付け加えることにした。古着屋で買った古半纏に股引、ゴムの長靴、手拭のほお冠りという拵えで、背負い籠の中から、生きた鮒のはいったホーローびきの四角な容器と、やはりホーローびきで、生きた鯉のはいった桶形の容器を取出し、その二つをプラタナスの並木の下へ並べて、客を待った。