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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
殊に人蔘と蕗の葉はビタミンCを豊富に含有しているそうで、「これを捨てるのは高価薬を捨てるようなもんですよ」といっていた。
ビタミンCなどというからには栄養についても多少の知識があると思われる。むろんこの「街」の住人たちは低収入で家族の食事を賄わなければならないから、本能的に食物の栄養価のバランスをとっている。現代的栄養学にまなんだのではなく、親の代から口伝された経験による知恵なのだ。おるいさんは新しい知恵をもっているらしいのに、鰯などを買うと、水道端で頭や骨を抜き、身だけにひらいたのを丹念に洗う。水道の水を出しっぱなしにして、一尾ずつ繰り返して洗うのだ。
「あんた、そんなに洗ってどうするの」と近所のかみさんが注意する。「それじゃあせっかくの味も滋養もなくなっちまうじゃないの」
「そうなんですけどねえ」おるいさんは答える、「うちじゃあみんなが鰯のあぶらを嫌うんですよ、ええ、ちょっとでもあぶら臭いと喰べないんですから」
困っちまいますよといって、ざぶざぶ洗い続けるのであった。
二年すぎ三年すぎた。中学を出た長女のはるは、父親の勤めている郵便局へ就職し、夜は定時制高校へかよいだした。