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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

注文は殆んどないので、自分で気の向いたときに作り、昔のお店へ持っていって預ける。そして、それらの品が売れれば代金を貰うということであった。

「なに、身寄りもない独り者だし、こうとしをとっては欲もないからね」と老人は云う、「まあ死ぬまでの時間つぶしのようなものさ」

この長屋内で、家をきれいにしている数軒の中でも、たんばさんの家は第一の指に折られるに違いない。戸障子もすらすらあけたてができるし、羽目板に泥がはねていることもない。三尺の狭い土間は塵もなく、穿き物はいつも爪先を出口のほうに向けて、きちんと並べてある。石油コンロで煮炊きをするから、勝手も煤などは溜まらないし、畳も古いのだが、ふしぎにけば立ったり擦り切れたりしていない。入り口の二帖も奥の六帖も常に片づいていて、よけいな物は一つも見あたらなかった。茶箪笥が一つとちゃぶ台。それから仕事をする頑丈な台と、道具や地金を入れる、抽出し付きの箱。それらがいつも同じ場所にあった。まるで造りつけにしてあるかと疑われるほど、一センチの狂いもない同じ場所に。――火鉢はなかった。朝いちど、大きな土瓶に茶を少し入れ、湯をいっぱいに注いで、それを少しずつ啜る。