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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
特に、市電の運転の邪魔をする者が多いので、六ちゃんは気のしずまるときがなかった。
じつに知恵のないはなしだが、その町内の人たち、ことに子供たちは、六ちゃんのことを電車ばかと呼んでいた。そうかもしれない、客観的にはそれが当っているかもしれないが、主観的には六ちゃんはもっとも勤勉で、良心的な、市電の運転手であった。
朝、――起きるとすぐに、六ちゃんは電車の点検をする。電車は車庫の中にあり、車庫は家の横のろじにある。
狭い勝手の揚げ蓋の隅に、古い蜜柑箱があって、その中に口の欠けた醤油注ぎや、ペンチや、ドライバーや、油じみた軍手や、ぼろ布が整頓されてある。これらは客観的にも存在するのだが、そこにはまたコントローラーを操作するハンドルや、名札や、腕時計や、制帽などが、主観的には存在するのである。口の欠けた醤油注ぎも、主観的には油差であった。
六ちゃんは油差とドライバーとペンチを持って車庫へゆき、自分の運転する電車を点検する。客観的にはなにも存在しないのだが、六ちゃんの主観には、そこにはっきりそれが見えるらしい。彼は仔細ありげに眉をしかめたり、ときには舌打ちをしたり、片手で顎を撫でたりしながら、その電車のまわりをぐるっと廻ってみる。