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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
野本くんは黙って飲み、あみの佃煮ばかり喰べていた。彼の感情に生えた棘はますます太くするどくなるばかりで、彼はそれがますます太くするどくなるのを、あみの佃煮と酒とで助長しているようであった。
話は同僚やら課長、部長などのうわさが続いた。それが悪口やおひゃらかしで占められるのは、こういう場合の常識であろう。中でも島さんの表現がいちばん辛辣であり、井河くんや松井くんは幾たびも声をあげて笑わされた。
野本くんだけは黙っていた。彼がいちばん多く飲み、誰よりも先に赤くなったが、いつかその赤みは消えて、顔は白っぽく硬ばり、眼がすわってきていた。
「きみ、島くん」野本くんはやがて、うるんだような声で問いかけた、「――僕たちは今日は、招かれざる客じゃなかったのかい」
「どうして」島さんの顔に発作がおこり、それが鼻へぬけるまで答えがとぎれた、「僕がなにか気にいらないことでも云ったかい」
「きみはいい人だ、じつにいい人だよ、それは僕が保証する」
野本くんは十円印紙を証文に貼るような口ぶりで云い、次に本題へはいろうとしながら、もっとも簡単で効果的な言葉はないかと、頭の中で記憶のページをめくってみたが、適当なやつが思いだせないというようすで、おもむろに唇を舐めた。