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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
松井くんも井河くんもしゅんとなり、野本くんは顔をそむけた。
「きみたちは知るまいが」と島さんは続けた、「米屋からただで米をめしあげるには、鉄の釜を濡らすのがいちばんだ、ということまでためさなければならないほどの貧乏にも、あいつは耐えぬいてくれたんだ、それをなんだ、なんの権利があってきみは、叩き出せなんて云うんだ、え、きみにどんな権利があるんだ」
島さんは一と言ずつに野本くんの肩を押しつけた。とびかかったときの勢いでは、殴るか首を絞めでもするかとみえたが、島さんはパン屋が小麦粉をこねでもするように、細い腕でただもう野本くんの肩をぐいぐい押しつけるばかりであった。
「わかった、もうよそう」と野本くんが云った、「僕の失言だ、あやまるよ」
島さんは野本くんの上からおり、苦しそうに喘ぎながら、元のところへ戻っていって坐った。同時に顔面の発作がおこり、喉をなにかが這いのぼって、陽気な音声となって鼻へぬけた。
野本くんは起きあがって、ネクタイや上衣の乱れを直し、井河くんは湯豆腐の鍋の中を覗き、松井くんはその場の緊張した空気をほぐすために、なにか突飛な話題をひねりだそうとしているようにみえた。