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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

「なにをしておる、英学者」うしろで活溌な声がした、「がまぐちでも落したか」

寒藤清郷であった。辰弥はどぎまぎし、赤くなった。

「うちへ帰るところです」

「どこのうちへ帰る、もう通り過ぎとるぞ」寒藤先生は例のとおり、古ぼけたモーニング姿で、うしろに大学の応援団のような、いさましい恰好の青年を一人伴っていた。「これはわが憂国塾の塾生で、姓名は八田忠晴という」

寒藤先生はそう紹介した、「よろしく」

その青年も「よろしく」と云いながら、活溌におじぎをした。そして二人は、自由主義をばぶっ潰せ、などとうたいながら歩み去っていった。

岡田辰弥が家へ帰ってみると、兄はもういなかった。

すぐ下の弟は勤め先の人たちとハイキングにゆくと云って、朝はやくから出てゆき、二番めの弟と妹がいたのであるが、いまは母と弟の二人きりだった。

母は勝手でなにかしてい、弟は机に向っていた。辰弥は弟のそばへいって、あにきはどうした、ときいた。

「帰ったよ」と弟は答えた。

弟は英作文をやっているらしかった。机の上は書き損じた紙や、ぼろぼろになった参考書や辞典やノートなどがいっぱいで、見るだけでもうんざりした。