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どんぐり

寺田寅彦随筆集 第一巻

寺田 寅彦

寺田寅彦『寺田寅彦随筆集 第一巻』。同一底本的分册已合并为一书。收入:どんぐり、科学者と芸術家、旅日記から、竜舌蘭、花物語、芝刈り、球根、簔虫と蜘蛛、ねずみと猫、物理学と感覚、先生への通信、病院の夜明けの物音、病室の花、丸善と三越、自画像、春寒、春六題、田園雑感、写生紀行、笑い、案内者、断水の日。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 203,161 字 · 412 页

青空文庫

右のほうのバックには構内の倉庫の屋根が黒くそびえて、近景に積んだ米俵には西日が黄金のように輝いており、左のほうの澄み通った秋空に赤や紫やいろいろの煙が渦巻きのぼっているのがあまりに美しかったから、いきなり絵の具箱を柵の上に置いてWCの壁にもたせかけ大急ぎのスケッチをしようとした。板はただ一枚しかなかったから、さっきの絵の裏へきわめて大まかにかき始めた。

場所が場所だけに見物がだんだん背後に集まって来た。車夫もくれば学生も来ているようであった。しかし大急ぎでこの瞬間の光彩をつかもうとしてもがいている私には、とてもそんな人たちにかまっているだけの余裕はなかった。それでも人々の言葉は時々耳にはいる。私が新しくブラシをおろすたびに、「煙だよ」とか「電柱だよ」とか一々説明してくれる人もあって、なんだか少し背中や首筋のへんがくすぐったいような気持ちもした。そういう人の同情に報いるためには私の絵がもう少し人の目にうまく見えなければ気の毒だと思うのであった。

ほんのだいたいの色と調子の見当をつけたばかりで急いで絵の具箱を片付けてしまった。さてふり返って見るともうだれもいなかった。