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どんぐり

寺田寅彦随筆集 第一巻

寺田 寅彦

寺田寅彦『寺田寅彦随筆集 第一巻』。同一底本的分册已合并为一书。收入:どんぐり、科学者と芸術家、旅日記から、竜舌蘭、花物語、芝刈り、球根、簔虫と蜘蛛、ねずみと猫、物理学と感覚、先生への通信、病院の夜明けの物音、病室の花、丸善と三越、自画像、春寒、春六題、田園雑感、写生紀行、笑い、案内者、断水の日。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 203,161 字 · 412 页

青空文庫

青や朱や黄の顔料の色の美しいあざやかさと、古雅な素朴な筆致とは思いのほかのものであった。そこには少しもある暗い恐ろしさがなかった。

少し喘息やみらしい案内者が No time, Sir ! と追い立てるので、フォーラムの柱の列も陳列館の中も落ち着いて見る暇はなかった。陳列館には二千年前の苦悶の姿をそのままにとどめた死骸の化石もあったが、それは悲惨の感じを強く動かすにはあまりにほんとうの石になり過ぎているように思われた。それよりはむしろ、半ば黒焦げになった一握りの麦粒のほうがはるかに強く人の心を遠い昔の恐ろしい現実に引き寄せるように思われた。

火山の名をつけた旗亭で昼飯を食った。卓上に出て来た葡萄酒の名もやはり同じ名であった。少しはなれた食卓にただ一人すわっている日本人らしい若い紳士にハース氏が「アナタハニホンノカタデスカ」と話しかけると Ja ! といってうなずいて見せた。こちらがわざわざ日本語で話しかけるのに Ja ! はおかしいと言ってハース氏は私の耳につぶやいた。しかし自分はおかしいとは思えなかった。それはさびしい旅客のある心持ちを適切に語るものだとしか思われなかった。