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どんぐり

寺田寅彦随筆集 第一巻

寺田 寅彦

寺田寅彦『寺田寅彦随筆集 第一巻』。同一底本的分册已合并为一书。收入:どんぐり、科学者と芸術家、旅日記から、竜舌蘭、花物語、芝刈り、球根、簔虫と蜘蛛、ねずみと猫、物理学と感覚、先生への通信、病院の夜明けの物音、病室の花、丸善と三越、自画像、春寒、春六題、田園雑感、写生紀行、笑い、案内者、断水の日。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 203,161 字 · 412 页

青空文庫

落ちた花は朽ち腐れて一種甘いような強い香気が小庭に満ちる。

ここらに多い大きな蠅が勢いのよい羽音を立ててこれに集まっている。

力強い自然の旺盛な気が脳を襲うように思われた。

この花の散る窓の内には内気な娘がたれこめて読み物や針仕事のけいこをしているのであった。

自分がこの家にはじめて来たころはようよう十四五ぐらいで桃割れに結うた額髪をたらせていた。

色の黒い、顔だちも美しいというのではないが目の涼しいどこかかわいげな子であった。

主人夫婦の間には年とっても子が無いので、親類の子供をもらって育てていたのである。

娘のほかに大きな三毛ねこがいるばかりでむしろさびしい家庭であった。

自分はいつも無口な変人と思われていたくらいで、宿の者と親しいむだ話をする事もめったになければ、娘にもやさしい言葉をかけたこともなかった。

毎日の食事時にはこの娘が駒下駄の音をさせて迎えに来る。

土地のなまった言葉で「御飯おあがんなさいまっせ」と言い捨ててすたすた帰って行く。

初めはほんの子供のように思っていたが一夏一夏帰省して来るごとに、どことなくおとなびて来るのが自分の目にもよく見えた。

卒業試験の前のある日、灯ともしごろ、復習にも飽きて離れの縁側へ出たら栗の花の香は慣れた身にもしむようであった。