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しょうしょうしげもとのはは
少将滋幹の母
谷崎 潤一郎
「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页
そして、それには外に此れと云う目的があったのではなかったけれども、そっちの道を下って行けば西坂本へ出るのであるから、母の住む里はどんな所か、それとなく様子を探っておきたい、ぐらいなことは念頭にない訳でもなかった。
滋幹が坂路へかゝったのは、日がよう/\西に傾きかけた頃で、水呑峠の地蔵堂のあたりを過ぎ、音羽の滝のひゝきを耳にしながら麓に着いた時分には、いつしか空になまめかしいおぼろ月が輝き初めていた。かの壬生忠岑の歌に、
おちたぎつ滝の水上年つもり
老いにけらしな黒きすぢなし
とあるのは、此の滝を詠んだのであると云うが、滝の末が音羽川と云うひとすじの流れになっており、道はその川の岸に沿うて下っているので、何心なく辿って行くと、低い籬を結いめぐらした構えの向うに、前栽の木立ちを透かして別荘風の家の見える所へ出た。滋幹は、垣根が朽ちて倒れているのを跨ぎ越え、構えの内へ二た足三足這入って行って、暫くあたりを窺っていたが、森閑として人の住んでいそうなけはいもない。東の方には比叡の峰つゞきの丘が聳え、西の方がだら/\と緩やかな斜面になっている地勢を占めて、池を掘り、石を据え、築山を作り、遣り水を引きなどした庭の趣は、むかしはどんなにか結構を極めていたのであろうが、今は凄じく荒れ果てゝ、地面には雑草が生いしげり、木々の幹には