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しょうしょうしげもとのはは
少将滋幹の母
谷崎 潤一郎
「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页
蔦葛の蔓が網のように絡み着いているのであった。
此のあたりは山に近い上に木立が深いので日が遠く、まして黄昏時なので、冷え/\とした空気が身に沁むのであったが、去年の落葉の積っているのを掻き分けながら、母屋と覚しい建物の所まで行って見ると、そこも今は廃屋になっているらしく、格子が固く鎖してあって、夕ぐれであるのに一点の灯も洩れてはいない。階に腰をおろして疲れを休めていた滋幹は、妻戸の蝶番が損じて扉が一枚外れかゝっているのに気がつき、床に上って中を覗いて見たけれども、内部は真っ暗で、黴臭い湿気の匂がするばかりである。滋幹は、以前は誰の住まいであったのかしらんと思い、或はこゝが亡き中納言の山荘ではなかったろうか、と云うことに心づいた。いかさま、中納言が逝去してからは誰も住む人がなくて、朽ちるにまかせてあるのであろうか。そうだとすれば、嘗て中納言と共に此の山荘に起き臥しゝ、中納言の死後も何処か此の近くに庵を結んでいたと云う母も、今は恐らく此の地に住んでいないのではあるまいか。いかに世を捨てたからと云って、女の身で此のような淋しい所に暮らしていられはしないであろう。