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にじ

彩虹

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館 、1946(昭和21)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,898 字 · 28 页

青空文庫

窓へ寄って見ると、早春の暖かい夜気が面をなで、噎せるほど丁字の花の香が匂って来た。植込の茂み越しに、奥座敷の灯が明あかと見え、なにか賑やかに笑いあう声が聞える。この季節のならいで、薄雲のかかった空に十六夜のおぼろ月があった。

「ごめんあそばせ」

さえは自分の頭から櫛をぬき取ると、丁寧に紙で拭いてから、伊兵衛の鬢の毛をそっと撫でつけた。

「……二十日のお祝いにはまたお座敷へおよばれにあがります、昨日わざわざ奥さまからお招きを頂きました」

「二十日になにかあるのか」

「まあ、お忘れでございますか」

さえは可笑しそうに首を傾げた。

「……貴方さまのお誕生日ではございませんか、去年もおよばれ申しましたわ、母といっしょに」

そう云っていたとき、廊下の向うに遽ただしい跫音が起り、

「そちらは家の者の部屋ですから」

と、女中の制止する声にかぶせて、

「どけどけ、向うから姿を見かけたのだ」

という宗之助の高声が聞えた。さえは急いで櫛を自分の髪に差し、とり散らした物を片付けようとしたが、それより早く、廊下を踏み鳴らして宗之助がやって来た。……明けてある障子の前へ来て立った彼は、酔のために少し蒼みを帯びた端正な顔で、伊兵衛を見、さえを見た。