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かれがころしたか

彼が殺したか

浜尾 四郎

「新青年」1929(昭和4)年1~2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,336 字 · 83 页

青空文庫

すると道子は、俺の言葉の終るか終らないうち、俺を見ながらこう云った。

「私、一郎さんを一緒に連れていってもいいんだけれど、今日は人目が多いからよしましょうね」

大勢の前でこうはっきり云われた時、俺はただ赤くなって黙るより外仕方がなかった。俺はもとより、道子の自動車に乗って行こうと思って帰ろうと云ったわけではないのだ。

しかし此の道子の言葉は、冗談なのだろうか、真面目にとっていいものだろうか、俺にはとうとうわからなかった。

彼女が真面目に俺と語るようになったのは、あの事件の起るより半年ほど前の事である。

当時、甘きなやましさを以て、思い出し、今は苦き極度の不快を以て想起するのは、昨年のはじめの或る冬の夜の会話であった。

其の日、道子は東京へ出て来たといって、俺を突然銀座まで電話でよび出したが、活動写真を見た後、とあるカフェーの二階で紅茶を飲んだ事があった。其の日見たフィルムの中に、淋しい家庭の有様が出て居たのに心を動かされたのか、又はそれにきっかけを思いついたのか、道子は俺にこう云いかけた。

「一郎さん、私幸福に見えて?」

「さあ……」

俺にはこういう場合、上手に出て物をいう事が出来ないので、ただ答に窮して居ると、彼女は媚を含んだ眼を以てこうつづけた。