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かれがころしたか
彼が殺したか
浜尾 四郎
「新青年」1929(昭和4)年1~2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,336 字 · 83 页
其の瞬間にはいろいろな感じが一度に襲って来て、殆ど何とも云いようのない気もちがしたのであるが、今冷静に返ってその時のことを思えば、一つ一つの事実がありありと浮んで来るのである。
道子の発した一言は俺には余りに十分であった。十分すぎた。
俺が今まで其処に思い至らなかったとは何たる愚かさであろう。清三も道子も共に通常の性的生活をしている人々ではなかったのだ。彼等がここでやっていた事は全く一ツの変態な性的乱舞にすぎなかったのだ。清三が俺に対して、快く思っていなかったことは事実であるが、常にああした乱舞をしている二人の間にはやはり筋の通った芝居が必要だったのだ。俺の名は知らない間に其の芝居の重要な一つの役を演じていたのだ。夫は妻を疑っており之を自白させるため拷問する芝居を演ずる事によって満足を得、妻は又拷問される事を喜んでいたのだった。
俺は身も世も非ずはずかしい思いに打たれてその場に蹲ってしまったのである。
所が、俺の為に大地をくつがえしたあの道子の一言は、更に大きな悲劇を惹き起したのだった。
成程清三は、俺をだしに使って自分の慾を満足させていたにちがいはあるまい。