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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
吉川英治『忘れ残りの記』。同一底本的分册已合并为一书。收入:忘れ残りの記、年譜。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 193,050 字 · 383 页
けれど以後、幾月もの間、ぼくは昼間の野毛坂が通れなかった。
環境にも依ろうが、少年時代には、少年共通の盗癖みたいなものが、誰にも多少ずつはあるのではあるまいか。
公園の不良と共にぼくもやったが、あの縁日荒しだの、砂糖馬車の抜き取りなどの類は、一見、ひどく不逞な悪行のようだが、物質の目的よりは、面白半分の方が勝っているといってよい。彼らの冒したがるスリルと集団性が醸し合う小悪魔的な跳躍なのだ。野放しにしておけば、いくらでも本格な悪へ成長してゆくだろうが、それに交わらない通常の児童におなじ素質が無いのではない。菊池寛氏の“啓吉物語”であったか、果物屋の林檎を盗む中学生たちの遊戯的盗癖が、書かれてあったが、彼らの盗癖は遊戯と同居し、協同して外部へ働きに出たりする。その潜在はかなり理性をそなえた大人となっても「自分にはないもの」と馬鹿にしているわけにはゆかない。
と云っても、自分の過去の科を正当づけるつもりでは決してない。いやな記憶は一生に亙ってつきまとう。こう書いていながらも自分でさえ覗くに恐いような心の割れ目が記憶の底に刻まれている。殊にぼくのばあいは馬鈴薯畑といい古本屋の一例といい、単なる児童心理とは云いくるまれないものがある。