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わすれのこりのき

忘れ残りの記

吉川 英治

吉川英治『忘れ残りの記』。同一底本的分册已合并为一书。收入:忘れ残りの記、年譜。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 193,050 字 · 383 页

青空文庫

五十銭は当時にしても最下級の単位である。資金のない時は、三、四冊の書物を携えて、古本屋へ立ち寄れば、ゆうに一夜の書生天下は現出する。日本堤には、大厦高楼が軒をならべ、サクラ鍋の殿堂に、紺タビの女中さん達が、夜どおし、庶民大衆の盛夜の宴の為に声をからしていた。そこでは知識無知識なく、職別老若の差もなかった。大衆の活力を煮立て、人間の赤裸を謳歌し、どの顔も、生き生き燃えていた。――という光景やら時代官能は、高村光太郎の詩“米久”にも歌い高められている。

大学の教授と生徒とも、そこらではよく打つかった。ぼくらは屡剣花坊氏、あの和尚の姿を、その中で発見した。和尚は金持ちを連れていることがある。吉原で最高級の稲本、大文字、河内屋などの長廊下へ、ぼくらの汚い足痕が残るばあいは、おおむねそういう天恵な機会であった。

花街では、和尚も屡※(二の字点、1-2-22)、浅黄ウラ扱いをうける。事実、あの人の特徴は田舎者たることにあった。敵娼の選択をヤリテ婆に問われたとき、言下にこう云ったことは有名だった。「ほんとに惚れんでもよいから、惚れたマネをする女をよんでくれい」