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わすれのこりのき

忘れ残りの記

吉川 英治

吉川英治『忘れ残りの記』。同一底本的分册已合并为一书。收入:忘れ残りの記、年譜。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 193,050 字 · 383 页

青空文庫

とべつな本を借りて帰ったりした。

この手をなんべんとなくやっているうちに、ある時、針箱の前から立ちもせずに振向いた小母さんから「英ちゃん、これからは、あんたにだけは一銭で二冊ずつ貸して上げるから、いちいち私を二度ずつ立たせないでおくれね」と云われて、顔じゅう熱くなった気持はいまも忘れえない。

そろそろ悪智が芽生え出していたのである。一度こんな事があった。どういう勢みか、母の眼を偸んで二十銭銀貨を一枚ゴマ化した。そして、それの隠し場所に窮したあげく、着物の上ゲの縫目に捻じこんで澄ましていた。ところが袷なので、いつのまにか二十銭玉は、裾の方へ辷り落ちてゆき、歩くたびに、コツコツ足へ触れるのだった。

どうかして費いたいのだが、費う手段を知らないのである。寝るにも起きるにも、着物が心配でならなかった。そして硬貨が足に触るたび、人知れない苛責にひとりいじけていた。いっそ謝ろうかと何度も思うのだが、日がたつ程、母にも云えなくなっていた。唯、罪の負担と、銀貨の処置に、当惑していた。

ある時、ぼくはその事を、年上の一人の友達にそっと喋った。近所のアブ公という背のヒョロ長い子だった。