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あくりょうものがたり
悪霊物語
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」講談社、1954(昭和29)年9月増刊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,207 字 · 17 页
先生にわざと夜来ていただいたのです。目で見ないで、手だけで見るというのには、昼間はぐあいがわるいですからね。これは手で見るのですよ。つまり触覚の美術です」
蘭堂はいわれるままに、オズオズとそれにさわって見た。冷たいなめらかな肌であった。
「もっと手をのばして、全体をなでまわしてごらんなさい」
だんだん手をのばして行くと、それは人間のからだに似たものであることがわかった。しかし、普通の人間ではない。手が何本もある。足が何本もある。肉体の山と谷が無数にある。
はじめは薄気味がわるかった。不快でさえあった。だが、なでまわしているうちに、神経の底から妙な感じが湧き上がって来た。今まで一度も経験しなかった不思議な快感であった。そこには、想像し得るあらゆる美しい曲線が、微妙に組合わされていた。スベスベした、なだらかな運動感があった。手が自然にすべって行く、そのすべり方に、異様な快感があった。それは触覚だけでなくて運動感覚にも訴える美しさであった。
老人は暗闇の中で、息の音も立てないで、小説家の感動を感じ取ろうとしていた。蘭堂の両の手が、はじめはゆるゆると、やがて、徐々に速度を増して、ついには恐ろしい早さで、その物体の上を、這いまわった。