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おろかないちにち

愚かな一日

豊島 与志雄

「太陽」1920(大正9)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,045 字 · 29 页

青空文庫

うっかりしてはいけない。馬車馬みたいに遠くをばかり眺めて、足下をなおざりにしながら馳け出してはいけない。そういう意味で僕は現在を大事にすることを知った。そしてそのために、現在の気持ちを時々紙に無駄書したくなるんだ。まだ僕は頭に力がなくて、はっきりまとまったものを書けないのは遺憾だが、無駄書でもすることによって、その時々の感情は何かはっきりしたもので裏付けられるような気がする。僕が書くのはそういう風なもので、何も病中でいながら創作をやろうとあせってるのではない。」

話しているうちに彼は何だか「惨めな」とでも形容したいような気分に浸された。そして最後の言葉を投り出すようにして口早に云ってのけた。

「然し余り無理してはいけないよ。神経も余り尖りすぎると却って自分を傷けるからね。」

「自分を傷ける……。」そう鸚鵡返しにして彼は口を噤んでしまった。

先刻から紅茶を運んできて二人の話を聞いていた妻は、その時言葉を※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)んだ。

「可笑しな人達ね、逢うと早々から議論なんか初めて。」

「ははは、」と瀬川は笑った、「なるほど、まるで病人に議論でもふっかけに来たような工合になってしまいましたね。