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おろかないちにち
愚かな一日
豊島 与志雄
「太陽」1920(大正9)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,045 字 · 29 页
彼の顔は曇った。余り口数もきかなかった。然し瀬川はなかなか帰ろうともしなかった。夕方になると、「今日は河野の誕生日ですからゆっくりしていて下さいね、」と妻が云った。彼は不快になった。「馬鹿!」と妻に怒鳴りつけたかったが、それをじっと堪えた。折角の誕生日を瀬川から踏み蹂られるような気がした。然しその晩、少しの酒に瀬川は妙に興奮して、創作上の苦悶から、次では自分の欠点や短所をさらけ出して話した。快い緊張が彼にも伝ってきた。久しぶりで芸術上の議論を戦わしたりした。「急に君に逢いたくなったから、書きかけの原稿を放り出してやって来た。」と瀬川は云った。話し疲れて彼が眼を閉じると、瀬川は云った。「自分のことから病中の君まで興奮さして許してくれ。」彼が眼を開くと、瀬川は眼を潤ましていた。二人は長く黙っていた。
翌日瀬川が帰っていった後、彼は一人で考えた。「昨日一日を、妻と二人で静に送る方がよかったか、或は瀬川と珍らしく緊張した一晩を過した方がよかったか?」肺を病んで長らく転地先に無聊な生を送っている彼にとっては、その一日一日を如何に暮すべきかということは重大な問題となっていた。