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わがやのらくえん

我が家の楽園

久生 十蘭

「オール読物」1953(昭和28)年1月〜6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 90,195 字 · 175 页

青空文庫

というような噂がたつと、たちまち身分にさわる。二十五日の空襲で、麻布一帯が焼かれたというラジオのニュースには、賢夫人と長女さまは信州の疎開先で、当主の石田九万吉氏はボルネオの任地で、思わず「万歳」と、同感の意を表したものだった。

いっそ爆撃でもされれば、荷にならなくていいと、一家の誰もが、ひそかに焼けてくれることを望んでいた大屋台が、金のありあまる国のひとに接収されたと聞いたのは、わが石田一家が、渋谷の奥のバラックでまとまりをつけてから、半年ほど後のことだったが、聞くなり、「へえ」と顔を見あわせた。石田氏などは、どうしても事実とは信じられず、わざわざ麻布まで偵察に出かけ、

「シュラー・ハークネスという、英語の大きな表札が出ていた。嘘じゃなかったんだ」

と不審そうな顔で報告した。

そういう意外な思いはあったが、切羽詰った生活の場で、三ヵ月後払い、指定銀行払いの小切手というややこしい形式であっても、石田氏の俸給より、はるかに上廻る金が、毎月、滞りなく入ってるのは、ありがたすぎて、夢のようだった。

局長級の収入をもちながら、この上もない、都合のいい言いぬけがあるので、無理をすることは、すこしもいらない。