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わがあいするしじんのでんき

我が愛する詩人の伝記

室生 犀星

北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页

青空文庫

春から秋へ、

墓石は、おのづからなる歴史を持つだらう。

風が吹くたびに、遠くの松脂の匂ひもする。

やがて、

私達も此処を立ち去るだらう。かりそめの散歩者をよそほつて。

信夫の姉の道子は、大森谷中にいた頃の私の家に現われると、縁側の椅子に先ず腰を下ろしてやすんでいた。どういうものか、私にはその椅子の上の彼女の姿だけしか、眼に印象づけられていなかった。一緒に食事をしたとか、むだ話をしたとかいう覚えがのこっていない、いつでも椅子の上に彼女はいるのである。それは女客で家に来る人で、縁側の椅子にたやすく腰をおろす人がいなかったせいもあった。痩身美貌の道子は東京から大森まで出掛けては、つかれやすかった為に私が椅子をすすめたのかも知れぬ。

谷中のこの家は湿気があって陰気だったが、当時、道子は不幸にも離婚後で、心にも、からだにも弱りが見え痛々しかった。夫という男は彼女を愛する余りに、その肌を噛むという話を聞いて、私はそれを受けるには繊弱すぎる彼女を、気の毒に想うた。だから別れて却って宜かったように思えた。信夫の処女詩集の題名が『愛する神の歌』と呼称されていたが、私はそれは信夫のこいびとの昌子のことだと思っていたが、実は姉道子への心やりであったかも知れぬし、昌子と道子をもろともに呼んで二人をかけた題意にも受けとれた。