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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
その頃の詩の原稿料は一篇五円くらいであった。いまは最低税外一万円から二万円くらい皆さんは、取っている。
その毎月のうめくさに私はよく、山村暮鳥の名前を見出してまたやられたと思った。それは私が送り付けしようとひそかに企らんでいる雑誌に、何時も先きに抜け馳けしていて、私の詩の投書を通せん坊をしている山村暮鳥という名前の詩人の、素早い文学修業のほどが何時も行手に邪魔者となって、立ち現われた。詩の構成をしらべると作意感覚のあるところは、私自身のそれとほぼ同じところを辿っていることに気付いたが、時間をかけて一つの詩を練り上げるという行き方よりも、篇数の多きに亙って心の賑いをとらえるという、大概の詩人がこのあたりにぐず付くそれにとらわれていることを見抜いた。派手な邪魔者は大抵の雑誌にうめくさ同様の詩をばら撒き、私は彼の後ろから隙間があったら亡き者にしようと、赤い鰯色のだんびらを下げて身構えて、尾いていた。だが、この田舎のサムライは時々後ろを向いて、にこつくだけで用心もしないし、後ろばきのだんびらの光も見せなかった。当時、私は剣士萩原朔太郎と市中の小ちゃい道場を叩き潰すために、何時も大酒を浴びて同行していた。