轻松读懂日语经典作品
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おうぎの
扇野
山本 周五郎
「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,727 字 · 67 页
「こんなこと初めてよ」おつるは坐るとすぐに云った、「まだ二度しかお逢いしていないのに、自分のほうから押しかけて来るなんて、あんまりあつかましいんで、ここの家の人たちに恥ずかしかったわ」
「済まなかった」
「あらそうじゃないわ、あたしから頼んだことなんですもの」おつるは燗徳利を持った、「ずいぶんいいお燗だこと、あなた熱いのお嫌いじゃなくって」
「なんでも結構だよ」彼はおつるを見た、「――おつるさんがいてくれさえすればね」
おつるは神経質に眉をしかめた、「あたしそんな云いかた嫌いよ」
「本当なんだ」栄三郎は低い声で云った、「本当にそうなんだよ、初めて顔を見たときに、ずっとずっとむかし別れたままの人にめぐりあったような気持がしたんだ」
「ああもう」とおつるは叫ぶように云って首を振った、「お願いですからそんなこと云わないで、お願いよ、それよりその吸物を召上れ、なにかおなかに入れなければ毒だわ」
栄三郎はおつるから眼をそらし、云われるままに吸物の椀を取った。ああもう、と叫ぶように云った声には彼の胸にしみとおるような響きがあった。その声だけで、おつるの気持がすっかりわかるようであった。