轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
おうぎの
扇野
山本 周五郎
「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,727 字 · 67 页
彼はその絵になにが足りないかを考え続けているのだが、頭の中ではいろいろな思いが絡みあって、彼の気持をぐらつかせたり、また絶望的にさせたりした。
――きさまは絵師ではない、けちな旗本の道楽息子じゃないか。そんな嘲笑の声が絶えず耳のそばに聞えた。まさに彼はけちな旗本の三男である。父は数右衛門といい、五百石ばかりの小普請組で、頑固と謹直だけがとりえの、気むずかしい人柄であった。長兄の伊織も父の性分をそのまま写したような人間だったし、次兄の数馬も(これは早く他家へ養子にいったが)癇癪もちではあるがくそまじめな性質であった。栄三郎だけは誰にも似ず、形式だけは学問も武芸もやったが、少年じぶんから絵を描くのが好きで、学問所へゆくとみせては、横井宗渓という絵師のもとへ通った。宗渓は狩野派から出て、大和絵ふうを加えた独特の一派をひらいたが、あまり世間に迎えられず、どちらかというと不遇の人であった。栄三郎は十六の年から八年ばかり教えを受けた。絵の稽古は初めの三年くらいで、そのあとは飲むことと遊蕩のほうが主のようになった。栄三郎の顔さえみれば、宗渓はすぐに「おい、でかけよう」