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そうわ
挿話
徳田 秋声
「中央公論」1925(大正14)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,544 字 · 53 页
やがて座を立っていったが、幕があいた時分にやっとかえってきた。
「ここの電話じゃ急のことには埒があかないから、わたしお隣の緑軒でかけてきましたわ」お絹はそう言って、鼻頭ににじみでた汗をふいていた。
辰之助は序幕に間に合った。
「河内山」がすんで、「盛綱陣屋」が開く時分に、先刻から場席を留守にしていたお絹が、やっと落ち著いた顔をして、やってきた。
「お芳さんがあすこに立っていたから、行って見てきましたの。いい塩梅に平場の前の方を融通してくれたんですよ」
「そう。お芳さんも久しく見ないが、どこにいる」
お絹は指ざしして教えてくれたけれど、疎い道太の目には入りかねた。
肌でもぬぎたいほど蒸し暑い日だったので、冬の衣裳をつけた役者はみな茹りきっていた。
「勧進帳なんかむりだもんね。舞台も狭いし、ここじゃやはり腕達者な二三流どこの役者がいいだろう」
「そうかもしれません」
「鴈治郎はよくかけ声か何かで飛びあがるね」
「ほんとうにおかしな人。私あの顔嫌いや」
「おもしろい役者じゃないか」
大切の越後獅子の中ほどへくると、浅太郎や長三郎の踊りが、お絹の目にも目だるっこく見えた。