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しゃよう
斜陽
「新潮 第四十四巻第七号~第十号」1947(昭和22)年7月1日~1947(昭和22)年10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,822 字 · 176 页
私は笑わず、黙って、お母さまのお椅子のうしろに立った。
しばらくしてお母さまが、
「なんでもない事だったのね。燃やすための薪だもの」
とおっしゃった。
私は急に楽しくなって、ふふんと笑った。機にかないて語る言は銀の彫刻物に金の林檎を嵌めたるが如し、という聖書の箴言を思い出し、こんな優しいお母さまを持っている自分の幸福を、つくづく神さまに感謝した。ゆうべの事は、ゆうべの事。もうくよくよすまい、と思って、私は支那間の硝子戸越しに、朝の伊豆の海を眺め、いつまでもお母さまのうしろに立っていて、おしまいにはお母さまのしずかな呼吸と私の呼吸がぴったり合ってしまった。
朝のお食事を軽くすましてから、私は、焼けた薪の山の整理にとりかかっていると、この村でたった一軒の宿屋のおかみさんであるお咲さんが、
「どうしたのよ? どうしたのよ? いま、私、はじめて聞いて、まあ、ゆうべは、いったい、どうしたのよ?」
と言いながら庭の枝折戸から小走りに走ってやって来られて、そうしてその眼には、涙が光っていた。
「すみません」
と私は小声でわびた。
「すみませんも何も。それよりも、お嬢さん、警察のほうは?」