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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

11 第十一分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 186,659 字 · 372 页

青空文庫

と、うなずいた。そして、小牧の空をふり向いたとき、ぞくと、何か身のひきしまる思いがした。

秀吉はいとやすやすというが、これだけの大軍を引きあげるのは、進撃以上のむずかしさがある。しっぱらい(殿軍)の任は、そのゆえに、至難中の至難とされ、よほどな剛気と勇猛の士でなければ、その大役は果せぬものといわれている。

小牧山の本営は、この朝、秀吉の大軍が、せい然と、西へひき揚げてゆくのをながめて、

「あれよ、羽柴筑前をはじめ、上方勢はことごとく撤退してゆく」

「いやいや。よもや秀吉が、ここを引き払う気づかいはない」

「不審、不審」

と、みな疑心暗鬼にとらわれて、変を、家康へ告げた。

「すわ、敵の戦意は、くじけたにちがいない」

と、なみいる諸将は、こぞって、

「ここを、追い撃ちすれば、上方勢は、支離滅裂となり、お味方の大勝はうたがいもありません」

と、おのおの出撃すべしと気負い立って、令を求めたが、家康はいっこうよろこぶ気色もなく、また、追い撃ちも、断じてゆるさなかった。

かれは、秀吉ほどな者が、理由なく、大兵を撤退するわけはないと思った。そして、自軍には、守るに足る力はあるが、何らの条件もない曠野に出て、かれと戦うには、なお力が足らないことを知っていた。