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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
11 第十一分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 186,659 字 · 372 页
こんな自尊心に満足を与えてやることほど、たやすいことはない。秀吉は、先頃、矢田川原で、彼の足もとにひざまずいた時のような礼譲をとって、優遇いたらざるなしの誠意を示した。
信雄は、思った。
「矢田川原で、筑前がいったことは、嘘ではない」と。
家康のうわさが出ると、信雄はしきりに、家康の勘定高い性格を暗に誹った。秀吉がよろこぶかと思ったからである。しかし秀吉は警戒して、黙々、うなずくだけだった。こういう人はまたいつ浜松へ行って、こんどは大坂のうわさを酒の肴に持ち出すかしれないからだ。
滞城四、五日で、信雄は大満悦で、伊勢へ向った。――途中、秀吉のはからいと内奏によって、信雄にたいし、正三位権大納言の叙任の沙汰があった。
信雄は、京都にも、五日ほど留まって、ここではあらゆる歓待をうけ、今はもう、秀吉ならでは夜も日も明けないような満足をもらして、三月二日、伊勢に帰った。
大坂を中心とする新春以来の諸侯の往来。わけて、北畠信雄のこういううごきは、いちいち浜松へも報じられていた。――が、家康は、秀吉が信雄をこんなふうに懐柔しているのを、いまは第三者のように、傍観しているほかはなかった。