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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
11 第十一分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 186,659 字 · 372 页
舳々の、旗じるしを見ると、大和、紀伊、和泉、摂津、丹波、播磨などに、国別することができる。
紀泉、大和の船は、羽柴秀長の兵。摂津、丹波は、甥の秀次のひきいるものと、すぐわかる。
すなわち、秀吉の名代として、長曾我部の四国へ討ち入るべく、総帥秀長と、副将秀次が、ここに出港の準備を遂げたものとおもわれる。
この本軍は、ここ福良を発して、鳴門の渦潮を渡り、阿波の土佐泊に、足場を取る作戦と見えた。
しかし、四国攻めの羽柴勢は、ひとりこの鳴門渡しの一陣だけでなく、べつに山陽道から内海をこえて、四国の西北面を押圧している大兵もあった。
宇喜多秀家、蜂須賀正勝、同家政、黒田官兵衛らは、讃岐の八島に上陸し、毛利輝元、吉川元春、小早川隆景たちは、伊予の新麻に、兵をあげた。
これを大観すると、全四国の太平洋面を除いた以外の三方から、進路を取っていることになる。
そして、その総勢は、十万と称され、或いは、実数八万ともいわれている。
いずれにせよ、一長曾我部を打つには、思いきった大がかりである。
もっとも、四国統治の難は、信長以来の、宿題であった。
信長が、その子信孝と、丹羽五郎左に、四国出兵を命じ、まさにその兵船が堺ノ浦を出ようという直前に――例の本能寺の事変が突発して、以来、そのままとなっていたものである。