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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
11 第十一分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 186,659 字 · 372 页
ただし常に微笑をもって、人に春風を感ぜしめるような慈光は持たないが、決して、はた目から見て、
(いかばかり御憂鬱であろうぞ。お気のどくな)
と、人に、自己の胸中の寸尺を量らすようなみじめさも貧しさも見せはしない。
第一線に近い岡崎を退き、わざと浜松に、閑をめでて、大坂のことなど耳から遠い顔をしていた家康は、ことしになって、よく狩猟に出ていた。
鷹を、こぶしに据え、犬を曳かせて、浜松近傍の田舎を、従者七、八名と共にほっつき歩いている背のまろいずんぐりした四十六、七歳の武家があるなと、よく見かけるのを注意していると、それが家康であった。
「田も殖えたのう。稲の植付けも、ことしはわけて、よいな」
検見役人のように、家康は歩きながらも、田畑の耕作を、よく見ていた。そして、従者に、こんな述懐を聞かせたりした。
「おまえらは、そろそろ忘れかけているだろう。わしがまだ今川家へ質子として、駿府に、幼少を送っていた時分――おまえらもまだ鼻たれで、おまえらの父や祖父が、織田、今川などの強国の間にはさまって、辛くも、主なき浜松の小城一つを持ちささえていたものだ。……その頃はの、おまえらの、祖父や父たちは、朝には、境の小ゼリ合いと聞いて合戦に駈け、夕べには、具足をぬぐやいな、すぐ田ン圃に入って田草を抜いたり、畑へ出ては鍬を持って、