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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

11 第十一分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 186,659 字 · 372 页

青空文庫

その人、その勢威が、実存している間ですら、恩を、意識し意識させる行為は、非常な危険なものであるにかかわらず、世間知らずのこの名門の末路の子は、今でもそれが世間に通用するものときめているらしい。

(あわれやのう……)

家康は、ひそかに、思わざるを得なかった。自分もいつか、信雄から、同じことばで、悪くいわれる日があろう――と考えられているからだった。

とにかく、家康と信雄は、ひとまず、そこで一ぷくの形であったが――一方、海上に遊弋していた九鬼嘉隆の兵船群は、兵も食糧も馬も、上げることができないでいた。――なぜといえば、この沿岸は遠浅のため、満潮時を待たねば船を寄せられず、潮が満ちて来たと思ったときは、すでに海岸線一帯の防柵が、徳川北畠の旌旗をひるがえし、守備ぬかりなく見えたからである。

遠矢か小銃のほかは、さしたる武器もない時代なので、九鬼嘉隆の水軍は、陸地の家康、信雄の眼からも、その船上の人影まで見えるくらいな近距離に、なすこともなく、遊弋していた。

寄手の滝川方としては、もとよりこんなはずではない。さきに兵七百を上陸させて、一益自身も共に、蟹江城へ乗りこんだが、それに続くはずの、糧食も弾薬も、またあとの大部隊も折悪しく退き潮時にかかったため、上陸を見合わせているうち、家康の早い防ぎ手に、一歩、先んじられ