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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

ただ気の毒なとおもわれるのみだった。かつて家康がこの息子の父信長の――甲州凱旋の帰路を富士見物にことよせて、道中七日の馳走歓待をつづけたときの規模などをおもいあわせると、こよいの貧しさをあわれまずにはいられなかった。

それは、物質の贅そのものではない。物質の活用にあるのである。物すらよく生かして用いられない信雄を考えると、あたりに世辞追従のみいって、酒杯のあいだに、うようよしている彼の家臣どもが、人としてよく用いこなされていないのは明瞭だった。

その信雄が、たとえ先の誘いにせよ、相手もあろうに、秀吉にむかって、端をかまえ、秀吉に一口実を与えて、戦をはじめ出したのであるから、それだけでも、信孝亡きあと、この名血族の断絶も、はや遠くない気がされるのだった。

――あわれと見るしか、見ようはない。家康は、同情をおぼえる。しかし彼は、当然亡ぶべき素質のものが亡び去るのは、人間皆が死ぬべきときには必ず死んでしまう作用と同一視することができる男だった。自分だからとて、例外な考え方はもってはいない。自分もその通り、不徳短才にして、この乱国に多くを擁して立ち得ない質ならば、直ちに、亡び去るべしと、つねに自身へいっている程なのである。