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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
10 第十分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页
(われらは来たぞ)
と呼びかけるような、軍の表情を、ざわめかせていた。
使番と、使番とが、矢つぎばやに、行き交いされる。武蔵守の意中、勝入の意中、それも、いわずして、相通じた。
勝入の六千の兵は、ただちに二分された。
約四千は、そこを離れて、こおろぎ狭間の低地を北方へ出て行った。そして、田ノ尻とよぶ高地の東南面に、陣をとった。
陣の主将を示す、旗、馬じるしなどを望めば、それは勝入の長男紀伊守之助と、次男輝政のいることを宣明している。
これを右翼に。森武蔵守の岐阜ヶ嶽三千の兵を左翼に。――そして勝入は、のこる二千人を擁して、予備隊のふくみを持ち、そのまま、こうべ狭間に、陣どった。
鶴翼の中心――やや退がったところの、尾の位置に、かれは将座をすえて、
「敵家康は、どう出るか」
と、大きな口をむすんでいた。
陽を仰ぐと、まだ辰の下刻(午前九時)ごろだ。長い。またみじかい。どッちといっていいか、たれの頭にも、時間の観念が、もういつもの日ではない。
くちが渇く。しかし水を欲しない。いや、腰にある竹の水筒を思い出さないのだ。
ふと、山間の無気味なしじまが、肌をしめつける。