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かにのかい

日本の怪談(二)

田中 貢太郎

田中貢太郎『日本の怪談(二)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:蟹の怪、花の咲く比、不動像の行方、蛇怨、鮭の祟、妖怪記、鍛冶の母、鷲、尼になった老婆、幻術、忘恩、蠅供養、這って来る紐、放生津物語、地獄の使、法衣、餅を喫う、立山の亡者宿、山の怪、山姑の怪。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 80,664 字 · 171 页

青空文庫

婢は湯気の立つ鍋の中から煮た物をしゃくうていたが、それがそれぞれ三つの椀に盛られると、いっしょに盆に載せて女房の方へ出した。女房はまずその一つを九兵衛の膳に載せようとして、椀を差しだしたところで蠅が来てその手首にとまった。

「あ」と、女房は何か恐ろしい物でもとまったように見つめていた。

「蠅か」と、九兵衛は煩そうな顔をした。

「今朝の蠅でしょうか」と、女房は左の手を持って往って追った。九兵衛は椀を受けとった。

「まさか、今朝の蠅じゃなかろう」

蠅は二人の眼前をちらちらしていたが、やがて九兵衛の右の腕にとまった。九兵衛は左の手を持って往って掌で伏せ、そっと指で撮んだ。

「おんなじ蠅が戻るか、戻らんか、ためして見る、お豊、臙脂を持っておいで」

女が臙脂を持って来ると、九兵衛はそれを羽にも体にもべとべと塗ってまた紙袋に入れたが、朝になってすぐ近くで店を出している弟の勘右衛門が伏見へ往くと云って寄ったので、その袋を頼んでやった。

蠅は一疋であったと見えてその日は一日何人も蠅の姿を見なかった。その日は微曇のして寒い日であった。夕飯の後で九兵衛は蠅のことを云いだした。