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かにのかい
日本の怪談(二)
田中 貢太郎
田中貢太郎『日本の怪談(二)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:蟹の怪、花の咲く比、不動像の行方、蛇怨、鮭の祟、妖怪記、鍛冶の母、鷲、尼になった老婆、幻術、忘恩、蠅供養、這って来る紐、放生津物語、地獄の使、法衣、餅を喫う、立山の亡者宿、山の怪、山姑の怪。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 80,664 字 · 171 页
「今日蠅のおらざったところを見ると、やっぱり蠅は一つであったらしいな、それとも二疋おって、一つは昨日捨てておらんようになり、一つは今日捨てに往ったから、それでもう蠅がおらんと云うことになったかも知れんな」
「それとも、昨日の奴が戻ったかも判りませんよ」と、女房は物の陰影を見ているような眼つきをした。
「この寒いのに、そんなに蠅は数多おらんだろうが、堀川あたりへ捨てたものが、戻って来やしないだろう」
「そうでしょうか、どうも私は、彼の蠅が戻って来たような気がしますよ」
女房の眼前の行灯の障子に蠅の影が見えた。
「また蠅が」
と、彼女は恐ろしそうに云った。
九兵衛は横から顔を持って往って一眼見た後に、膝を寄せて往って両手ですくい、それを右の指端に軽く撮んで行灯の戸を開けて灯火の光に透して見た。羽にも腹の下にも塗ったままの臙脂が点いていた。九兵衛はふと気になった。蠅は指の下をすべり抜けて彼と女房の頭の上あたりを静に飛んだ。
「臙脂が点いておりますか」と、女房は大きな声をするのが恐ろしいと云う容に聞いた。
「うむ」と、九兵衛は頷いて見せた。
彼の心は何かに往き当っていた。