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にほんばしふきん
日本橋附近
田山 花袋
「東京日日新聞」1927(昭和2)年4月19日〜5月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,383 字 · 37 页
三
屋の招牌にも、自由自在にさし入って来て、至るところにその静けさとさびしさとを展げているのだった。私は古都でもさまよっている詩人のようにして静かに歩いた。
かん茂の半ぺん、弁松のあなご、そういうものにも長く長く親しんで来たが、今ではもはやそれを本当に味わうことは出来ないなどと思いながら、また、そういうものがあたりの変遷と共にみんな亡びて無くなって行くことなどを悲しみながら、私は長い間その界わいを彷徨した。
私は震災の時のことなどをくり返した。このあたりでも逃げおくれて屍になって水に浮んだものの多かったこと、舟に一ぱい乗るには乗っても、両岸の火で熱くってとてもたまらなかったということなどをくり返した。巷路からこっちへと出て来るところには、山くじらを売っている店のあるのなどを眼にした。
三
私は、今から四十五、六年前の日本橋をここに描いて見ようと思う。丁度私が生れて九年十ヶ月という時である。年号でいえば明治十四年の春から秋にかけてである。私はその頃京橋の南伝馬町の有隣堂という農業の書などを主として出版する本屋に、無邪気な可愛い小僧として住みこんでいたのであった。