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つきのまつやま
月の松山
山本 周五郎
「キング」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,451 字 · 41 页
――あのとき転んで挫いたのだろうか。
泰二郎はそう思った。けれども、ずっとまえからそんなふうだったようにも思えた。
――なにかある、慥かになにかある。
彼は孝也のようすに絶えず注意しだした。
それから数日のち、西山村の河野から使いがあり、坪田の小作人がまた事を起こしたと知らせて来た。泰二郎は孝也に云われて、用人の俣野孫右衛門といっしょに西山へいった。そして、明らかに地境が無視されているのを見て、その次の日、泰二郎は小泉村の坪田へ一人で掛合にいった。坪田では主人が留守だし、「こちらはなにも知らぬ」と云うばかりだった。
「穏やかにしていてはだめです」泰二郎は孝也に報告した、「明日は郡代役所へ寄って、役人をいっしょに伴れてゆきます」
「それがいいだろう」孝也は頷いた、「坪田にはよく松平家の人間が来ている、一人はこの道場へ通ったことのあるたちの悪いやつだ」
「日野数右衛門でしょう、私は彼が破門されたのも知っているし、昨日も坪田で会いましたよ」
「喧嘩を売ろうとしなかったか」
「こっちで相手にしません」
「私がいきたいんだが」と孝也が云った、「彼はごくたちの悪い人間だから、――しかし役所の者を伴れてゆけばいいかもしれない」